Tuesday, January 23, 2007

baku chan's capriccio raw text

バク·チャン狂想曲


pg168

鏡の中から見返してくるのは、知的で鋭い目をした男。

切ったクリーム色の髪、透き通るようなグレーの瞳。顏立ちは中国人だが、その色素の淡さに西洋を感じさせる、神秘的な外見。

黑の教団アジア支部、通称『聖霊の家』の支部長、バク・チャンとはオレ様のことだ。

今日もびしりと決まっている。

おおっと、帽子を忘れていたな。

左胸にローズクロスのついた団服に、長い房のついた帽子をかぶったその姿には、誰しも気品と威厳を感じずにはいられないだろう。

うむ、気分がいい。

扉を開けると、城の中にいるような、広々とした廊下が目の前に広がった。

重厚な造りの柱がずらりと並ぶさまは、いつ見ても壮観だ。

幼い頃から訪れている黑の教団本部。オレ様の第二の故郷と言ってもいいかもしれない。ここは我が城となるべきものだ!絶対手に入れてやる!!そんなオレ様の輝かしい道程を阻む者がいる。

にっくきコムイ・リー。

pg169

ぽっと出の中国人で同い年。気取った眼鏡をかけ、いつもへらへらしているスカした男だ。

当切、コムイが教団に来たとき、オレ様は歯牙にもかけなかった。妹がエクソシストというだけで、特に血筋がいいわけでも、輝くような経歴があるわけでもない、ただの中国人の男。

だが、あれよあれよといううちに、コムイは室長にまで昇りつめた。黒の教団は、大元帥のもと、エクソシストたち代表される『実働派』と、科学班や探索班、そして各地域の支部などの『サポート派』の二つに大別される。

室長とはサポート派のトップであり、班長や支部長の中から選ばれる。コムイが室長になったときは、本当に耳を疑った。

確かにイノセンス研究部門において、コムイの功績は無視できない。だが、その他の分野の開発の実績や知識の豊富さなどはすべて、オレ様が勝っている。

そう·室長にはオレ様がなることはほぼ決まっていたというのに!

オレ様は黑の教団の創立者のひとりであるドイツ人魔術師の血筋であり、幼いときから高度な教育を受け、他を凌駕する知性を兼ね備えているというに!

pg170

なぜだ!

なぜオレ様ではなくコムイが選ばれるのだ!

何か裏エ作があったとしか思えない!

「お疲れさまです、バク支部長」

すれ違った教団員がうやうやしく頭を下げてきた。フード付きの白い団服を着ているので、おそらく探索部隊の人間だろう。

「明日は全体会議ですよね。遠いところから、いつもご若労さまです」

「なあに。ボクはそれこそアジアを中心に、世界中を飛び回っているからね。月に一回、ヨーロッパに来ることくらい、なんでもないさ」

「さすがですね!

探索部隊隊負の目に尊敬の色が浮かぶ。

「そう言えば、この間アジア支部のほうから送られた漢方薬、すごく評判がいいんですよ。眠気などの副作用もないので、重宝しています」

「ああ、あれはウチの曾祖父が調合したものでね。それ以来、ずっとアジア支部では重用してきたんだ。もしよければと思って本部に送らせたんだが、やはり効果があったようだな」

pg171

「そうだったんですか。バク支部長のお家は名門でいらっしゃるから。代々優秀な方を輩出してらっしゃいますものね」

「まあねえ、そう言えばウチのー」

そのとき、何かがドンと背にぶつかった。

ムッとして振り返ると、漆黒の鋭い双眸とかちあった。

「邪魔だ」

そこに立っていたのは黒い団服を着た細身の男だ。

東洋系の整った顏立ち、黑い長い髪を後ろで一つに束ねた独特のへアスタイル。

エクソシストの神田ユウだ。

オレ様にぶつかっておいて偉そうに!

いや、いかん、口にしては!

細身の優男だが、戦闘的なエクソシストの中でもいちばん短気で凶暴ときている。しかも、刀型対アクマ武器である六幻を手にしている。気に入らないことがあれば、すぐさま抜刀しかねない。

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君子危うきに近寄らず。

賢明なオレ様はこんな無礼な奴と関わるつもりはない。第一、オレ様は忙しいのだ。こんな奴と話す時間も惜しい!

フン!

神甲などは視界から消すに限る。

探索部隊の男が心配そうにこちらを見ている。

「じゃあ、私は急ぐから、このへんで。これからもしっかりやりたまえ」

「はい!

探索部隊の男がありがたそうに頭を下げた。

さて、ウォンのやつ、どこにいるのだ。廊下を見回しても姿がない。

例のものについて聞かなければならないのにー。

「あ、おはようございます」

この春の草原に嗚<小焉のような可憐な声はー。

「リナリーさん!

振り返ると、リナリー·リーがいた。

青みがかった艶やかな黑い髪を、いつものように活動的なツインテールにしている。その瞳は黑曜石のように美しいー。

pg173

ああ、きみの笑顔の前では天上の女神でさえも裸足で逃げ出すだろう。

リナリーは一礼すると、きびきびとした足取りで歩いていった。すんなりした足が、団服のミニスカートから伸びている。

思わず感嘆のため息がもれる。

ああ、あの美しく気高いリナリーが、あのコムイの妹だなんて信じたくない。

初めてその事実を知ったとき、発作的に壁に頼を打ちつけるほどのショックを受けた。

あのときは危うく脳震盪を起こしそうになったものだー。

?手の甲がかゆい。ああ、赤いブツブツができているではないか!

もしかして、またジンマシンか?

オレ様は感情が大きく搖れるとすぐ発疹が出てしまう。繊細な天才ゆえの悩みだ。

まずい、この件に関しては深く考えるのはかめよう。悩みすぎると、また前のように全身にジンマシンが出てしまう!

それにしてもかゆい!ああ、かいていたら皮がめくれた!我慢せねば!

リナリーがコムイの妹であろうが何であろうが、彼女の素晴らしさが損なわれるわけではない。

pg174

しかし、あいつはいつもリナリーにつきまとっているな。噂では、寝ているコムイを起こすには、「リナリーが結婚した」と言わなくてはならないらしい。

まったく……いい年をしてシスコンとは。

なぜ、あいつはオレ様の邪魔ばかりするのだ。

考えていたらムカムカしてきた。

とりあえず、壁でも殴らねば気がすまない。

うりゃ!

「いたーっ!!

飛び跳ねずにいられない激痛が脳天まで走った。

頑丈な石造りの壁には、さしものオレ様の鉄拳も弾き返される!

「だ、大丈夫ですか、バク様!

凄まじい勢いで駆け寄ってきたのは、中国系の細身の男。ウォンだ。ウォンはオレ様が統括するアジア支部に所属しており、オレ様の秘書のような仕事をしている。

「うう、たいしたことはない」

pg175

「ああっ、赤くなってらっしゃるじゃないですか!

「うるさい!平気だ!

一喝すると、ウォンは心配そうな表情をしたものの、口をつぐんだ。

ウォンは代々チャン家に仕えてきた家の出で、部下というよりオレ様個人の使用人のようなものだ。

「それより、例のものは?

「はい、ちょうど到着したところです。お届けにあがろうとしたところでした」

「ほほう」

自然と笑みがこぼれた。

全体会議が始まる前にと言っておいたが、ギリギリ間に合ったらしい。

「ここでは人目がありますので、この資料室ででも」

ウォンが手近な部屋た入った。

書類を並べた棚が連なる部屋を、ウォンが手早く一回りする。

「どうやら誰もないようですね。バク様、『真実のお茶』です。どうぞ」

ウォンがうやうやしく、龍の絵が入った美しい筒を差し出してきた。

pg176

おお……とうとうできたのか、あのお茶が。

そっと蓋を開けると、中にはティーバッグが三つ入っていた。

「これだけか」

「ぱい。なにぶん、材料が限られておりまして」

「ふむ……まあいい」

コムイに飲ませるだけなのだ。三つもあれば充分だろう。

「くく……コムイめ、見てろよ」

何が科学班だ。由緒正しきドイツ人魔術師の血を引く中国人というオレ様は、東洋と西洋の神秘をこの身に受け継いでいる。

コムイなどに負けはしない。

それを見せてやる。

「くくっ」

チャン家に代々伝わる秘薬のレシピ。それに最近、中国の奥地で発見された珍しい植物を加え、自分なりに開発したこのお茶。

これを飲むと、人は隠し事ができずに本どを語ってしまう。いわば、自白剤のようなものだ。お茶なので副作用もなく、体に変調もきたさない。

pg177

つまり、何気なく飲ませることができそうえ、証拠も残らないのだ。

名づけて『真実のお茶』。

フフ。これでコムいの弱みを握り、失脚の材料にしてやる!

ちょうど明日は教団の幹部たちが世界中から集まり、一堂に会する全体会議がある。そこで、コムいのネタをバラしてやるのだ。

これでコムイの株は下がり、やつは屈辱にまみれる。こんな奴に室長を任せておけないということになるだろう。楽しみだ!

……バク様、そんなに強く握り締めるとティーバッグが破れてしまいます」

ウォンがおずむずと言った。

「あっ、そうだな」

大事なお茶なのだ。大切に扱わねぼ。

筒に戻しておこう。たった三つしかないのだから。

「それと……このお茶は飲んでから十分ほどしか効が続きません」

「たったの十分か?

「はい。即効性を重視しすぎたせいか、効く時間が短くなってしまいました。これからもっと改良を重ねていくつもリですが」

……試作品だからしかたないか。

「そのぶん、効き目は速やかです。個人差はありますが、飲んでからおよそ十秒から三十秒で効を発します。薬が効き始めると顔が赤くなる、気分が明るく開放的になるなどの変化が起きます」

「なるほど。酒でほろ酔いになったような感じになるのだな。それにしても、三十秒以内に効くのか。早いな」

「おそれいります」

「よし、さっそくお茶をいれるか。食堂に行くぞ」

「はっ!

*

ちょうど昼どきのせいか、やたら食堂に人が多い。だが、コムイの姿はない。まあ、あいつの行くところなど限られている。すぐに見つかるだろう。

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カウンターに向かうと、今朝廊下で会った探索部隊の男が並んでいた。

「あっ、バク支部長もお食事ですか」

「いや、ちょっと用があってね」

ウォンがうやうやし、カウンターの隅にあるドアを開ける。

厨房に入った途端、長身で筋肉質の男が飛んできた。

二つに束ねられた長い髪が揺れている。料理人のジェリーだ。ガタイがいいのに、オマ言葉を使うという気持ち悪い男だ。コムイと仲がいいのも気に食わない。

ジェリーが笑みを浮かべてこちらを見てくる。

「ああら、バクちゃん、お久しぶり~。どうしたの、厨房に入ってきちゃって」

「うるさい」

変態とまともに口をきくっもりはない。

押しのけて奥に行くか。

そのとき、ジェリーを筆頭にコックたちがずらりと前に立ちふさがった。

「な、なんだ!

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マとはいえ、体は男で、しかも長身筋骨隆々ときている。目の前に立たれると、さすがに威圧感があった。

「ちょっと!ここはアタシたちの聖域なんだから!勝手にされちゃ困るのよ!

「な……たかが厨房ではないか!

よもや料理人にこんなことを言われるとは!

信じられん!

「あーら、言ってくれるわね。教団員は全員ここで食事を摂るのよ?何かあったらどうするつもりなの!?

「まるでボクがバイ菌か何かのような言い方はやめてくれ!

「万が一ってあるでしょ!で、アジア支部長様がいったい厨房に何の用なのよ!

じいっとジェリーが睨んでくる。サングラスをかけているので、余計にガラが悪く見える。

「いや、お茶をいれようと思って……

「お茶?何のお茶?

ジェリーが不審げに問い返してきた。

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「中国のお茶だ。体にいいからと持ってきたんだ。カップとポットを出してくれ」

「それならそうと言ったらいいじゃない!はい、これ」

ジェリーがさっさと食器棚から白いカップと、おそろいのポットを出してきた。

まったくうるさいオマだ!

ポットの蓋を開け、ティーバッグをいれる。

さて、お湯はどれくらいいれればいいのか。

ジェリーがやかんを持ってきた、いきなりポットにお湯をそそぎだした。

「わー!何をする!

「何ってお湯をいれてあげてるんじゃない~

「勝手なことをするな!アチチチ!

やかんは熱かった。慌てて手を引っこめる。

「危ないでしょ!

ジェリーは一喝すると、勝手にポットにお湯をいれてしまった。

「このくらいかしら。五人分はありそうね」

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「な、なんてことをする!

あたふたしていると、他のコックたちが興味深そうに回りを取り囲んできた。

「へえ、中国のお茶なんですか?

「ええ。せっかくだから、みんなで味見しましょ」

ジェリーが手早く五つのカップにお茶をそそいだ。

「ああああー!

「やめろ!

ウォンが必死にジェリーからカップを取り上げようとするが、身長差もあってか、なかなか奪い取れない。

「楽しそうですね~。何してろんですか?

カウンター越しに、さっきの探索部隊の男がのほほんと声をかけてきた。

「バクちゃんが中国茶を持ってきてくれたのよ。アンタもどう?

「だから何を勝手にー」

pg183

「ありがとうございます!

探索部隊の男がカップを受け取ると、一気に飮み干した。

「ああああ!

ウォンが悲鳴を上げる。オレ様も喚きたい!

「ほら、アンタたちも飲みなさいよ」

ジェリーがカップを差し出してきた。

「い、いや、ボクはいいよ。みんなのために持ってきたから……

遠慮してみせながら、ちらっとウォンに目配せした。

ここで二人とも飲まなかったら怪しまれるかもしれない。

ーおまえが飲め!

さすがに三十年近く一緒にいた仲だ。ウォンは死刑を宣告された囚人のような面持ちでお茶を飲んだ。

「ふうん、じゃ、バクちゃんの分はアタシがもらっちゃおう」

ジェリーもお茶を飲み干した。残りの二杯はそばにいた料理人たちが飲んだらしい。

計画が台無しだ!

pg184

そのあたりの食器を全部叨き落としてやりたい!

い、いや、落ち着け!

真の標的にぶっつけ本番で飲ませるより,こいつらで効果のほどを確かめてからのほうがいいのではないか?

何事もプラス思考でいかねば!

お、探索部隊の男の頬がほんのり赤く染まってきた。おお、ウォンも。料理人たちもだ。

これは効いているということか?

ジェリーがほうっ息を吐いた。

「あらー、ちょっとクセがあるけどまあまあね。うーん、ぽかぽかしてきた。発汗作用があるのかしら。これって健康にいいの?

「まあな」

ジェリーはいつもと変わらない。

何か質問をしてみようか。

「ところでさー」

「な、何かな?ジェリー」

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先に言われてしまった。

「前から思ってたげどさー、アンタってそうやって帽子をかぶってるそ、ほんと学生みたいね」

「な、なな!

失敬な!オレ様は二十九歳だぞ!

「あー、それ、俺も思ってましたー」

そばにいた金髪の料理人が深くうなずいた。こいつも顔が赤くなっている。

「ちょっと小柄でほっそリしてるし、よく見ると可愛らしい顔をしてるんですよねー」

「こ、このっ!

思わず唇をわななかせてしまった。自分より明らかに年下で、地位の低い奴にこんなことを言われるとは!

金髪の料理人が顔を引きつらせた。

「あ、あれ、おかしいな……俺、なんでこんなことを言ってるんだろ。す、すいません、バク支部長」

「で、その帽子ってハゲ隠しですか?

pg186

興味津々という感じで、今度は黑髪の料理人が訊ねてきた。

「だ、誰がハゲだ!

「うわっ、すいません。でも、前から若いの髪がやばそうだなって……うわっ、どうしてまたこんな本音が!

黑髪の料理人が必死で口を押さえる。彼の顏は真っ赤になっていた。

……ふうん、そうかなるほど。密かにそういうことを思っていたわけだ、こいつらは。

「し、失礼ことを言うな!バク様は髪質が細くて柔らかいだけですよ!

激昂したようにウォンが叫んだ。

おお、よくぞ言ってくれた。さすが、オレ様のウォンだ!

「確かに絹糸みたいで綺麗なんですけどねえ、うっとりと毎日鏡を見るのはやめていただきたいんですよね。そのせいで、身支度に時間がかかってしまって、何度も呼びに行かなくちゃいけないし。だいたい男のナルシストなんて……あわわわ!

ウォンが慌てたように口に手を当てた。

ほほう……オレ様のことをそんなふうに思っていたのか。

「ち、違います、バク様、そんな冷たい目で見ないでください!

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ウォンが必死の形相で言った。

「あ、でも、ナルシストっていうか、そういうとこありますよね、バク支部長って」

ウォンの胸倉をつかみながら振り向くと、探索陪隊の男と目が合った。

「いや、確かにすごい人だとは思うんですけど、なんか自慢話がくどいっていうか。特に身内とか血筋関係の話になると長いんですよねー。オレも仕事中で忙しいから、大概にしてほしいっていうか」

「ほう」

びきっとこめかみがひくつくのを感じる。

「え?あれ?俺、何言ってるんだろ。いや、ほんとバク支部長は素晴らしいってことで。あはははは」

無意味に笑うと、椋索部隊の男が逃げるようにして去っていく。

「あ、あのバク様……

おずおずとウォンが声をかけてきた。その頬からは赤みが消えている。なるほど、効力は短いようだ。

「もう充分だ。行くぞ!

pg188

「はいっ!

食堂を出て、廊下を歩いていると、ウォンが小さな声で話しかけてきた。

……あの、怒ってらっしゃいます?

「いーや!お茶の効果がどれほどのものか、おまえたちが腹の底で何を考えているのかわかった。すごい收穫だ!

……やっぱり怒ってらっしゃいますよね」

「これからコムイを搜しに行ってくる。おまえは部房で報告を待て!

「はい……

しゅんと肩を落としたウォンが去って行く。

ああああ、ムカツク!

あいつら、好き勝手言いおって!

だが、効果のほどがはっきりした。このお茶を飲むと、やはりペらペらと本音でしゃベってしまうようだ。しかも飲んですぐという、この即効性。素晴らしい!

……だが、あまり嬉しくないのはなぜだ。

そっと髪に触れてみる。

pg189

……少ないわけではない。そう、髪が細いだけだ!

そうじゃなくて!今はコムイにお茶を飲ませることを考えるのだ!

「ありゃ、バク支部長」

気軽に声をかけてきたのは、右目に眼帯をした赤毛の少年だった。龍のうろこのような模様が入った黒いターバンを、額の上あたりに巻いている。

ラビか。エクソシストでありながら、次のブックマンー裏歴史を記録する者ーとなる者。

「バク支部長もパーティーに来たんさ?

「パーティー?何だそれは。ボク付定例の全体会議に出席するために来たんだ」

「へえ、じゃあ呼ばれてない?

「だから何のパーティーなんだ?

「さあ?とりあえず、うまいものを食わせてくれるらしいさ。コムイが主催だって」

コムイだと!?

あいつ、何を勝手にパーティーなど開催するんだ?

「そんだ顔しなくっても、参加したかったらコムイに頼めばいいさ~

pg190

ラビの能天気な声が頭を素通りしていく。

そらだ。こんな小僧までわざわざ呼ぶくせに、なぜ教団本部に来ているオレ様に声をかけないのだ?まあ、コムイが主催などという下賤なパーティーに興味などないがな!

「さーて、まだ時間もあるし、ユウの顔でも見に行くさ」

そう言うと、ラビはてくてく歩き出した。

そ力呑気な後ろ姿を見ていると、無性にイライラした。

パーティーだと?千年伯爵が復活し、世界を破滅に導こうとしているというのに、こんな緊張感のないことでいいのか。オレ様が室長になった暁には、かならずああいう奴らの性根を叩きなおしてやる!

そう、これから黑の教団と千年伯爵とのイノセンス争奪戦は、熾烈を極めるだろう。幾人の犠牲者が出るだろうか。

だが、我々は同胞の屍な垂り越え、戦わねばならない。この世界を守るためにー。

そのためにはこのオレ様の頭脳を生かすしかない。コムイになど室長を任せておくのは心配だ!

pg191

「あら、バクさん」

この天女のごとき声は。

期待に胸が膨らむ。

振り返ると、やはり、リナリーがそこにいた。書類の束を抱えていて、ちょっと困った様子だ。

ああ、そんな姿も可憐だー。

「あ、ああこれはどうも。リナリーさん!重そうですね。持ちましょうか?

「え、いいんですか?じゃあ、半分お願いします」

にっこり微笑むリナリー。なんて可愛いんだろう。

書類が半分手渡された。ああ、全部持ってあげるというのに奥ゆかしいのだから!

「どこまで行くんですか?

「司令室です。兄に頼まれて」

「ほほう。コムイに、ですか」

口元に自然と笑みが浮かぶ。

なんという絶好のタイミング!天はやはりオレ様の味方だ。

pg192

「ちょうどいい。実は健康たいいという中国茶が実家から送られてきたんですよ。お疲れでしょうから、それをふるまいたいですね」

「あら、そうなんですか。兄も喜ぶと思います」

フフ。やはりついている。

司令室のドアを開けると、床一面にバラまかれた紙の山が目に入る。なぜきちんそ整理できないのだ、この男は。

「兄さん、お待たせ」

デスクにだらしなく座っていたコムイが、リナリーを目にし生途端、嬉々として立ち上がった。

いつもは落ち着いている奴だが、リナリーを前にすると子どものように感情がむき出しになる。

「ああ、ご苦労だったね、リナリー。あれ、バクちゃんも一緒?

「どうも、久しぶりだね。コムイ」

そのバクちゃんといら呼び方はやめろというのに!バク・チャンという名前にかけているのだろうが、全然面白くないぞ!

pg193

その怒鳴りつけてやりたいが、今騒ぎを起こすのは得策ではない。リナリーもいることだし。

ここは余裕を見せなければ。今仕笑顔で垂りきるのだ!

「バクちゃんが司令室に来るなんて珍しいね。どうしたの?

コムイの眼鎧の奥の目が光った気がした。何か勘づかれたか?油断のならない奴だからな。

大丈夫、あのお茶のことがバレるわけがない。平静を装え。

「書類が重そうだからって、一緒に持ってきてくれたのよ」

「ほう、それはご親切に」

コムイのロ調に若干トゲがある。オレ様がリナリーと一緒に現れたことが気に食わないらしい。

本当にこの男は筋金入りのシスコンだな。リナリーに近づく男けちべて排除しようと、いつも目を光らせている。

つくづく鬱陶しい男だ。

「兄さん、バクさんが中国のお茶をふるまってくれるそうよ」

pg194

「それけありがたいね。ぜひいだたくよ」

何も知らないコムイが嬉しげに言った。

くく。そうやって余裕をかもしていられるのも今のうちだぞ!

「えーと、普通のマグカップしかないわ。お湯はポットのものでいいですよね」

「ええ、全然かまいません」

本当に優しくて気のきく女性だ。

カッブにティーバッグをいれると、リナリーがお湯をそそいでくわる。二人の共同作業。いい感じだ。

「もういいですか?

「そうですね。もうちょっと濃くなるまで待ちましょうか」

効き目を強くするためにも、さっきより濃いものにしたほうがいいだろう。

リナリーがお盆にマグカップをのせて、コムイの元へ歩いていく。

ふふ、今度こそうまくいきそうだ。

「あ、コムイ室長!例のやつなんですけど!

大声を出しながら司令室に入ってきたのは、明るい茶色の髪をした若い男。科学班班長のリーバー・ウェンハムだ。

pg195

「あ、お客さんでしたか!ありゃ、お久しぶりです、バク支部長」

「相変わらず無意味に元気そうだね、リーバーくん」

リーバーは以前と同様、無精ひげをはやし、だらしなく白衣を着崩している。品格のかけらもな。さすがコムイの部下だけある。

「すいません、お邪魔だったようですね」

リーバーが恐縮したように言った。

その目がリナリーの持つお盆に向けられた。

「あ、どうも。喉、渇いてたんだよね」

リーバーがお盆からマグカップをひょいと取った。

ば、馬鹿!それは貫様のお茶ではない!

ああああ、口をつけるな!

「きっさまああああ!何をするう!」

リーバーがびくっとし、マグカップから手を放した。

マグカップが落ちながら、その中身を盛大に撒き散らした。その大半がリナリーの胸元へかかった。

pg196

「きゃああ!」

「リナリー!!」

血相をかえたコムイがデスクを飛び越えてきた。

リーバーが思いきり突き飛ばされる。ざまあみろ!

うお!なぜオレ様まで突き飛ばすのだ!

コムイがリナリーの肩に手を置いた。

「大丈夫かい!?ああ、やけどが!」

「ん……大丈夫みたい。熱湯じゃなかったし、服の上だから」

「熱くないのかい?」

「ええ。中まで染みなかったみたい」

特別仕様の団服が功を奏したらしい。

よかった……

傍らでリーバーがほうっと安堵のため息をついた。

「とにかく、早く着替えないとね。あと、念のために医療室に行ったほうがいい」

pg197

優しくリナリーの肩を抱いたコムイがこちらを振り返った。

「リバーくん……

その氷のような眼差しに、リーバーだけでなくオレ様まで背筋が寒くなる。

「はいっ、すいませんでした!申し訳ありませんでした!今度このようなことがないように気をつけますので!」

バーが土下座しかねない勢いで頭を下げた。

「そうしてほしいね、ぜひとも」

そう言うと、コムイとリナリーがドアの外に消えた。

「あーあ」

リーバーと同時にため息をついてしまう。

「ん?そう言えば、バク支部長、大声を上げたりして、何かあったんですか?」

「え?いや、なんでもない!」

この馬鹿のせいで台無しだ……

「だったらいいんですけど、びっくりしましたよ、ほんと」

ん?なんだこの弛緩した声は。

pg198

リーバーの顔がほんのり桜色に染まっている。そうか、お茶が効いてきたのか。

「もう、あの人はほんと、リナリー命ですからね。寿命が縮まるかと思いましたよ」

……その、アレだ。リナリーさんにはまさか、お付き合いしている男性とかいないよな?」

ついでなので確認しておくことにする。リーバーなら毎日コムイやリナリーのそばにいるから詳しいだろう。

「いるわけないでしょう。いたらコムイ室長が闇に葬ってますよ。リナリーに下心のある男はまず近づけないでしょうね」

そうなのか……。恋人がいないというのは嬉しいが、しかし、やはりコムイの存在が邪魔だ。

じいっとリーバーが自分を見つめてくる。

「な、何だ?」

「え、いや、……バク支部長っていつも帽子をかぶってますが、その下って本当にハゲてるんですよね?」

「はあ?」

pg199

リーバーの顔がさっと青ざめた。

「あっ、しまった俺、何言ってるんだ。これは絶対秘密だって言われてたのに。すいません、俺、気づいてないってことで!じゃあ!」

リーバーが逃げるようにして司令室を出ていった。

何を言っているのだ、あいつは?本当も何も、ハゲてないというのに!

だいたい、秘密ってなんだ!誰にふきこまれたんだ、そんな嘘を!

まあ、それは置いておいて。

ティーバグはあと一つしかない!もら絶対に失敗はできない。

くう……。どうしたものか。

ドアのきしむ音とともに、コムイの声がした。

「あれ、まだいたの?」

司令室た入ってきたのはコムイひとりだ。

……ああ、まあね。リナリーさくは?」

(着替えを手伝おうとしたら、蹴り殺されそうになったよ。……リナリー、ひどいよ。心配してるだけなのに」

pg200

コムイが悲しそうにうつむく。

こ、この変態が!こんな奴が兄では、リナリーもさぞ苦労しているだろう。

「さて、仕事の続きをやるか。さっさと片づけておかないと」

コムイが本の山が積まれたデスクに座る。

ん?司令室に二人きり。これはチャンスではないのか?

誰の邪魔も入ることなく、コムイの本音を聞きだせる!

怪しまれることのないよう、さりげなく、何気なく声をかけるのだ!

「大変だな。よし、ボクがお茶をいれるよ。さっきのはリーバーが飲んでしまったからな。疲れが驚くほどとれるぞ」

おお、我ながらいい感じだ。

「ああ、ありがとう」

コムイは何も気づいていないようだ。

カップに入った最後の一つ。よし、やってやる!

お湯をそそいで、と。お茶が出る間、世間話でもするか。

「仕事のほうはどうだい?」

pg201

「うん……忙しいね」

資料に目を落としたまま、コムイが答えた。

「教団のサポート派を統べる室長の座についているというのは、キミにとっていいことなんだろうかね。キミはもっと研究に時間を費かしたいんじゃないか?」

この馬麁は、本当にロクでもない研究に血道をあげるのだからな。

「ああ、確かに責任は重大だしね。雑務も気苦労キ多い。だけど、それだけやり甲斐もあるから」

ソツのない答えが返ってきた。やはり正攻法ではこんなものか。

よし、お茶を出すか。

「ちょっとクセがあるかもしれないが……

「ああ、大丈夫だよ。お茶は飲みなれてるから」

カップを差し出すと、コムイが受け取った。

さあ、いよいよだ!

心拍数が上がってきた!

しかしコムイはカップを持ったまま、なかなか口をつけない。

pg202

「どうかしたかい?」

まさか……気づかれた?

手のひらに汗がにじみ出てくる。

コムイはへらっと笑った。

「いや、そんなに見つめられるとさ、飲みにくいよー」

「ああ、そうだよね」

とりあえず、横でも向いておくか。

「ぷはーっ!おいしいね、これ。ちょっと苦いけど」

コムイがカップを置いた。

おお、カップの中は空っぽだ。滴残らず飲み干されている。

「わざわざありがとう」

「いや、これくらいなんでもないさ」

ジェリーたちが飲んだものより濃いはず。ということは、そろそろー。

「うーん、確かにすっきりした感じがするね。こう、心が明るくなるというか」

「あ、ああ、そうだろう?」

pg203

コムイの頬が赤くなっていく。よし!さすがの効力だ!

「さっきの話だけどさ、やっぱり室長の仕事って、キミには荷が重いんじゃないかな」

「うーん、そうでもないよ~。それにさー、室長権限で研究費た増やせるし~。あ、これ秘密ね~。まあ、みんな知ってることだけど~」

こ、この馬鹿者が!職権乱用ではないか!

しかしこいつの研究が役立っている一面もある。黙認されているのだろう。弱みとは言えない。

よし、では室長になった本肖の理由を聞いてみるか!

「キミが室長になったのは……やっぱりイノセンスの研究が認められてのことなのかな?」

さあ、どうだ!真実を言え!どうせ汚い手を使ったのだろう?

「そうだろうね。イノセンスがこれからの戦いの鍵になるから、もっともそれに通じているボクが選ばれたと思うよ」

コムイがあっさり言った。

くっ、これもダメか。もっと何か聞き出さなくては。

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何か、何かー。

……なあ、おまえはボクのことをどう思ってるんだ?」

ぽろっと口をついて出た言葉。

そうだ、オレ様はこれがいちばん聞きたかったのだ。

いつもその笑顔の裏に、本音を隠しているコムイ。

いったいどんな言葉が返ってくるのだろう。

心臓が激しく打つのがわかる。

コムイがゆっくり口を開いた。

……キミの力は皆が認めてるよ」

「え……?」

「持って生まれた天賦の才に加え、幼少時から磨きあげてきた知識と経験。それは並大抵の者が得られる境地ではない。たいしたものだ。ボクは今、室長という地位にあるが、何が起こるかわからない。そのときはキミに舵取りを任せたい」

思いがけな言葉にーいや、オレ様が優れているのは事実なのだがー少々驚いてしまった。まさかあのコムイがそんなことを言うなんて。

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いや、『真実のお茶』を飲んどいるのだから当然か。

「ボくは室長の0地位にふさわしいと思うかい?」

コムイがにっこり笑った。

「頼りにしてるよ」

不覚にもじーんとしてしまった。

いや、こいつは当たり前のことを言っただけなのだ。オレ様のほうが頭もよくて血筋もよくて、そう完壁なのだから!

いや、そうじゃなくて。早くコムイから弱点を聞き出されば!

コムイがどこか据わった目でこちらを見てきた。

な、なんだ?

「そう言えば、キミ、なんでリナリーと仲いいの?」

「え……

仲がいいだと?もしかしてリナリーさんがオレ様のことを何が言っているのか?

「さっきだって、緖に司令室に来たと思ったら、いちゃいちゃと二人でお茶なんかいれてさ。ボクの目の前で……

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コムイの口調がだんだん恨みがましくなってきた。

「言っておくが、ボクの目が黑いうちは、リナリーに指本触れさせだいよ?」

「な、何を言ってるんだ!恋愛するのはリナリーさんの自由だろう?」

「恋愛!?」

コムイの声が裏返った。

「リナリーが恋愛!?」

椅子を蹴倒すようにしてコムイが立ち上がった。

「お、落ち着け、コムイ!今のはただの喩え話であって……」「うわあああああ!!」

突然、コムイがデスクの下からでかいマシンガンを取り出してきた。

な、なぜそんなものが置いてある!

「もう、ボクは終わりだー!!リナリーがい不くなるなんてー!」

「さ、錯乱するな!」

「皆を殺してボクも死ね!」

「ひとり死ねー!!」

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マシンガンをとりあげようと腕をつかんだが、あっさりふり任どかれた。

そして、銃口が火を噴いた。

凄まじい炸裂音が室内に響く。

やばい!

と、とりあえず匍匐前進だ!くう、床に敷き詰められ王紙の邪魔なこと!

頭の上を弾丸が飛び交っていき、本や資料が崩れる音が耳に飛びこむ。

振り返ってはダメだ!

ドアに辿り着くと、気に外に出る。

「あははははははは!!」

どこか楽しそうなコムイの声が遠ざかる。

廊下に出ると、どっとイヤな汗が体中から噴き出た。

とても立っていられない。

ああ、なんてことだ。コムイの弱みを握ろうとしたら、殺されかけるとは。

まだど臓が激しく打っている。

うう、失敗だ……。もう部屋に戻って寝るか。

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「あ、いた、バクさん!」

廊下の奥からリナリーが駆けてきた。

途端に体の奥底から活力がわいてでた。

「リナリーさん!やけど大丈夫でしたか?」

「ええ。すいません、せっかくのお茶を」

「いえ、そんなことはいいんです」

そう、もう本当にどうでもいい。あんな使えなお茶など!

「そのお詫びをしようと思って。今から食堂に来てくれませんか?」

「え……はい!」

あなたとならどこへでも!

リナリーの隣を歩く。それだけで天にも憐い上がる気持ちだ。

だが、幸せなひとときはすぐに終わった。

食堂に着くとっリナリーがドアを開けてくれた。

「さ、入ゝてください」

中に足を踏みいれた瞬間、わあっと歓声がした。

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思わず硬直する。

食堂には派手な飾りつけが施されており、団員たちがひしめきあっていたのだ。

「バク支部長、誕生日おめでとうございまーす!」

団員たちの大合唱にぽかんと口を開く。

なんだ?事態がまったく理解できない。

「あ、やっぱりびっくりしてますね」

傍らでリナリーが嬉しそうに微笑んだ。

「最近、元気がないみたいなので、サプライズパーティーにしようって兄が提案したんですよ」

「主役が何をやってるんですか!ほら、早く中へ入ってください!」

団員たちに押されるようにして、食堂の中央に行かされる。

途中でウォンの顔を見つけた。

「バ、バク様!」

「ウォン、貴様知っていたのか?」

「いえっ私も寝耳に水で!さっきいきなり食堂に連れてこられたんですよ!」

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おろおろするウォンが人波に飲みこまれていく。

テーブルの上にはどでがいケーキが置かれていた。ご丁寧に『ハッピー・バースデーバクちゃん』と書かれたプレートまでのっている。

「じゃあ、ロウソクを立てるわね!」

ジェリーがロウソクを握り締めながらやってきた。

「さっき厨房に入ってきたでしょう?ケーキが見つかるんじやないかって、皆で冷や冷やしちゃったわ!」

「あの」

「さ、シャンパンのグラス、皆に回して~。ほら、バクちゃんも!」

「ボクの誕生日は11月11日だが」

なんとかそれだけを言った。シャンパンのグラスを持ったジェリーの動きが止まった。

「え?」

食堂が水を打ったように静まり返った。

そして、ざわめきが起こった。

「今日って何日だっけ?」

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「たしかに1月4日……

「全然違うじゃないか」

「いやー、おまたせ!ようやく仕事が片づいたよ~」

よろよろしながら現れたコムイに、皆の目が向けられた。

「え?何?」

「コムイ室長!バク支部長の誕生日間違ってますよ!」

「ええ?おっかしいなあ。1月4日と聞いたような……

「いや、11月11日だ!」

憤然とすると、コムイがへらっと笑った。

「あっ、1が四つの日だっけ?間違っちゃったなあ」

ムカムカする。確かにオレ様の誕生日は1が四つ!「何でも1番!」の日だが……

……兄さん」

「コムイ室長……

皆の冷たい目に、コムイが慌てたように手を振った。

「ま、まあいいじゃないか!誕生日パーティーの予行演習ということで!ほ、ほら皆、グラスはいきわたったかい?」

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その声に、団員たちはまだ納得のいかない表情ながらグラスを掲げた。

「では、ボクたちの尊敬するバク支部長の誕生日、じゃないや、日ごろの功績をたたえまとて、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

団員たちが、オレ様に向かってグラスを掲げた。ここはとりあえず、余裕を見せて笑顏で応じるか。

まったくコムイの奴ときたら。

「バクさん!」

リナリーがそばにやってきた。

「ほんと、ごめんなさい。誕生日間違われるなんて、気分が悪いですよね」

「い、いや、まあ、祝ってくれるというその気持ちは嬉しいよ」

そう言うと、リナリーはぱっと顔を輝かせた。

「よかった、バクさんが心広い人で。悪気はないので許してあげてくださいね」

「ほら、ぼけっとしてないで!ケーキ食べてよ、ケーキ!アンタのために作ったんだからさ」

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ジェリーから切り分けられたケーキが渡される。

「あ、ああ……

集まった大勢の団員たち。オレ様のために用意されたパーティー。

誤解はあったが、まあいい。

やはりオレ様は人望があるなあ。

そのとき、コムイが科学班の連中を引き連れてやってきた。

「実は科学班一同からプレゼントを用意しているんだ。受けてくれないかな」

リボンのかけられた箱が渡される。

「あ、ありがとう……

オレ様にプレゼント?いったい何だ?

リボンをほどいて箱を開けると、なにやら瓶が入っている。

ラベルたは『画期的育毛剤』と書かれていた。

「な、ななな……

「いや、バクちゃん、気にしてるみたいだからさー。よく鏡を見て髪型とか、帽子の角度とかチェックしてるでしょ?これは科学班の出番からなーと」

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コムイが楽しげに言った。

や、やっぱりこいつか!オレ様がハゲなどという根も葉もない噂を流した張本人は!

「ぜひ使ってみてよ。かなりの即効性があるんだ~」

満面の笑みを浮かべるコムイに、オレ様は引きつった笑みを浮かべた。

この無礼者どもめー!

リーバーがそっと近づいてきた。

「その薬を開発するために、オレたちはほんと身を粉にして働いたんですよ。特にオレなんか、すごくつらい思いをしたんですから……。ぜひ、使ってください!」

おのれの研究結果を確かめずにはおれないと、科学班の皆の目は妖しげな光に輝いていた。

正直、怖い。

使いたくないが、そんなに期待の目で見られたら断りにくい。

……大丈夫なんだろうな、この薬」

「もちろん!リーバー班長自ら実験台になったしね!」

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それなら、回使ってやるのもいいか。

ー本当に効果があるなら、いつかお世話になるかもしれないし。

いや、何を考えているんだオレ様は!

帽子をとると、ざわめきが起こった。

「あ、あれハゲてないぞ」

「でも薄い……よね?」

ひそひそと小声で言ってるつもりかしらんが、きっちり間こえてるぞ貴様らー!

不愉快だ。さっさと終わらせよう。

瓶の口を頭皮に当てると、ひんやりした液体の感触があった。

……これでいいんだろう?」

そう言った瞬間、頭頂のあたりがうずいた。勝手に髪を引っ張られる感触。

「うわあ!」

端で見ていた団員たちから驚愕の声がもれる。

ずるりずるり。

そんな音とともに、髪がどんどん伸びてきているではないか!

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髪は胸元あたりまでくると、ようやく成長をとめた。

「なっ、なんじゃこりゃー!」

「やっぱりそうなったか!」

科学班の連中が手を叩いた。

「やっぱり?」

リーバーがため息をついた。

「どうも効果が強力で短いみたいなんスよね。一気に伸びるんだけど、ほぼ二十四時間しか効力が刻続かないんですよ。……ちなみにそれまで、切ても切てもその長さまで伸びますよ、たぶん」

リーバーが同情をこめた口調で言った。だが、口元は笑いを堪えるかのように震えている。

二十四時間だと?ということは、明日の全体会議にこの髪で出度しろとー。

「いやあ、長い髪のリーバー班長もかっこよかったよ。うん、まだまだ改良の余地ありだね。リーバー班長を見て以来、誰も試してれなくってさ。いやー、助かったよ!」

コムイがポンと肩に手を置いてきた。

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「な、なななな」

誕生日プレゼントとか言っておいてっただの実験台だと?

なんだこの仕打ちは。オレ様が何か悪いことをしたか?

思い当たることはひとつしかない。

ーまさかコムイはお茶のことを……

コムイがにこりと笑った。

「即効性があるのは長所だけど、効力の続く時間が短いと使えないよね。薬って」

思わせぶりなコムイの口調ーこちらの反応をうかがうような目。

ーやはりあのお茶のことがバレてる?

いや、まさかな。

でもー。

今までお茶を飲んで本音を言っていた奴らは、自分の失言に気づいて青ざめていた。だが、コムイは一度もそんな素振りは……

コムイは笑顔のままだ。何を考えているのかさっぱり読めない。

しかし、素面であんな暴挙に出られるものなのか。いや、こいつならやりかねないようなー。

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「ああ、本当だね。実用化にいたるまでには、改良を積みかさねていかないとな」

とりあえず、笑顔を返しておけ。

くそう、コムイの言葉に少でも感激したのは間違いだった。

顔面に笑みを貼りつかせているが、心は煮えたぎっているぞ、コムイ!

こんなアホな薬を造りおって!

なぜこんな実験オタクが室長なのだ。やはり納得できん!

絶対いつかオレ様の前にひれ状させてやる!

そのときを楽しみに待っているがいい!

コムイ!
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i don't really mind even if anyone were to take credit for the typeout (really), just buy the book (recommanded~ those stories are really interesting)